大洪水の悲劇
神話にはしばしば「神罰によってすべてが破滅する」類の物語が挿入される。多くの場合、人間が神に逆らったり、あるいは極端に堕落した結果として、神の罰が下される。繁栄していた文明は失われるが、ごく限られた人間だけが生き残り、新たな文明を築いていくことになる。世界終末神話の一環であろうが、物語の最後ではなく途中で挿入されるのが特徴といえる。
そのような破滅・神罰の最も典型的なあり方が「大洪水」だ。つまり、大量の水によって悪しき文明が地上のすべてごと洗い流されてしまうわけだ。しかし、神々の一部だったり、あるいは洪水を計画した神そのものが一部の善良な人々に船を作らせ、彼らだけは生き残る。聖書神話に於いてはノアの家族を乗せた方舟がこの役目を果たし、船に乗せられていたつがいの動物たちはその後の世界における動物の祖になる……。
ほかにも、巨大な神罰を神話の中に見出すことができる。バベルの塔の神話はなかなか面白い。天に届くような巨大な塔を作ろうとする人々に激怒した神は、いかづちによってこれを砕いた。それで済ませれば良いものを、神はついでに人々の言葉を乱し、意思疎通ができないようにした。二度と人々が手を組んで巨大プロジェクトができないようにしたわけだ。ひどい話である。
神罰はなぜ?
破滅の神罰が地上に下されるのは、人々の振る舞いが神にとって我慢ならぬものになったからだ。しかし、現代人である私たちとしては「それは本当に滅ぼされなければいけないものだったのか?」と疑いたくもなる。
なるほど、真に滅ぼされるべき堕落であったのかもしれない。一方で、私たちからすればごく当たり前のことも、神の目から見ると邪悪・堕落と見られた可能性もある。現代、私たちの社会に神罰が下されようとしたとき、人々はどうするだろうか。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。