室町時代

コラム

武家、天皇、また武家

 元寇以降の北条氏への権力集中、武士にあった土地の分割相続の習慣のせいで小規模武士が多数現れたことなどを原因に武士の不満が高まると、やがて倒幕の動きが生まれる。
 その主役になったのは後醍醐天皇であり、また「悪党」と呼ばれる既存のルールに縛られない人々であった。これに反北条の武士も味方し、ついに鎌倉幕府に倒れた。
 幕府を倒した後醍醐天皇は「建武の新政」と呼ばれる政治を進めたが、寄せ集めのワンマン体制であったことに加え、武家政権のシステムを強引に否定したこともあってうまくいかない。
 やがて、幕府打倒でも活躍した名門武士の足利尊氏が反旗を翻し、もう一人の天皇を擁立して新たな幕府を作り上げる。室町幕府だ。

 尊氏の擁する北朝、後醍醐天皇の南朝と二人の天皇が並び立って争った南北朝時代はしばらく続いた。その中では尊氏の弟の直義が兄と対立して幕府内で争う「観応の擾乱」があり、なんとごく一時期ながら尊氏・直義が南朝に降伏するという出来事まで起きている。大変に混迷していた時代なのだ。
 しかし室町幕府三代将軍の足利義満の頃には北朝有利の情勢は明らかになり、統一となった。この時、条件として両系統から交代で天皇を出すことになっていたが反故にされている。その不満もあったか、南朝の子孫、残党、南朝を騙るものは以後もしばしば出てきては世を混乱させた。
 義満の頃には将軍権力も強く、また中国(明)と貿易をするなどの動きもあった。この時、貿易に勘合(文字が書かれた板を割って二つにしたもので、これがぴったりはまると身分が証明されたことになる)を使ったため勘合貿易と呼ぶ。
 また、この時代の日中関係には倭寇の存在が見逃せない。これは朝鮮半島や中国大陸の沿岸を荒らしまわった海賊だ。勘合貿易が行われていたころには下火だったが、中断後に再び活発化する。前期倭寇が日本人が中心で朝鮮や中国北部を狙ったのに対し、後期倭寇は中国人やポルトガル人が多く、中国東部~南部の沿岸を狙った。
 やがて有力武家が政治に口を出すようになる。彼らは各国を統治する守護の地位を独占したため、守護大名と呼ばれた。

創作のヒント:目まぐるしく変わる力関係

 この時代もあまりエンタメの題材にならない。いろいろな事情はあるが、とにかく勢力の力関係が目まぐるしく変わるのでシンプルなエンタメにしにくいというのがあるのだろう。鎌倉幕府が倒れ、天皇政権が立ち、しかし室町幕府が立って2人の天皇が並び立つ。室町幕府のもとである程度安定した後も将軍の力は弱い時代が長い……という具合だ。
 しかし、あちこちで小競り合いがあり、海外からの影響もあり、自由に活動する人たちがいて……という状況は、ちゃんと調べればかなり面白いエンタメの素材になり得る。何よりも他の人があまり注目していないというのが差別化のポイントになりうる。密かなおすすめだ。

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