飛鳥・奈良時代

コラム

海外情勢の変転と、国内の混乱

 積極的に政治改革を行なったのが、聖徳太子の後に現れた中大兄皇子だ。彼は蘇我氏を暗殺(乙巳の変)して権力を握ると、大化の改新と呼ばれる一連の改革に乗り出した。土地を天皇のものと定めたこと、戸籍を整理したことなどが特徴だ。
 また彼の時代、日本は未曾有の危機を迎えていた。対朝鮮問題だ。朝鮮半島は古く高句麗・新羅・百済・任那の四国にわかれ、ヤマト政権は任那と特に関係が深かったが、この国は既に滅びていた。そして中国大陸の覇者である唐の支援を受けた新羅の攻撃により、やはり古くから日本と関係のある百済が滅びかけた時、中大兄皇子は軍を派遣して百済を救おうとしたのである。ところが白村江の戦いで日本軍は大敗する。

 このため、次は日本が攻められるのでは、と危機感が高まった。九州を中心に城塞が築かれて守りが固められたが、結局日本への侵攻は行われなかった。
 中大兄皇子が天智天皇として即位し、亡くなった後、後継者争いが起きた。天智天皇の息子の大友皇子と、その叔父にあたる大海人皇子との戦いは、大海人皇子の勝利に終わり、彼は天武天皇として即位した。天武天皇、またその死後に即位した妻の持統天皇の時代には、法律と国家の仕組みである律令制度が定められている。

 ここまでを、主に飛鳥の地に都があったことから飛鳥時代といい、奈良の平城京に移ってからを奈良時代という。飛鳥・奈良時代とセットにされることも多い。
 この時代にはたびたび政変・異変が続き、世情が混乱した。政変、武力反乱、権力者の病による突然死などだ。そのため仏教に頼って世の中を安定させようという動きがあり、全国に国分寺が建てられたほか、奈良東大寺に今も残る大仏が築かれた。しかしそうして数多く現れた僧侶の中には、女性天皇の寵愛を受けて自ら天皇になろうとした道鏡のような人物も出現している。

 そうした仏教をはじめ、新たな文化や技術は前時代から引き続き中国(唐)から持ち込まれている。たびたび遣唐使が派遣され、彼らが伝播役となり、一部は政治にも参加した。しかしこれは危険な航海であった。中国に渡ったが戻れなくなった阿倍仲麻呂、中国から日本へ向かうために何度も挑戦した末に視力を失った鑑真などもいる。

創作のヒント:幕末と似ている?

ドラマの題材などにもなりにくいし、あまり注目されない時代だけれど、実はかなり面白い。
私はこの時代は「幕末とよく似ているのではないか」と思っている。つまり海外情勢が不穏になっている(幕末なら「列強諸国が進出してきている」)ので、国内を新しい政治体制にしないと対応できない。だから、主流でなかった勢力がクーデターを起こしたわけだ。ここに面白さを見いだしてほしい。
そもそも「我が国はこのままでは駄目だ!」と王子が大臣を倒す話と考えたら、すごくファンタジーっぽくないだろうか。ここも面白さだ。

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