身の回りで精一杯
「天下」について紹介した前回に対して、今回は戦国大名や戦国武将がその天下を目指して戦ったのか……というところを話してみたい。
最初から結論を言えば「それは誤解だ」ということになる。ほとんどの大名や武将の頭に「天下」はなかった。これは「いま」の意味である日本全国という点だけでなく、「むかし」の意味である畿内一円という意味でもそうだった。そんなスケールの大きい視点を持っている大名などほとんどいなかったのである。
そのレベルで考えていたのは畿内の有力大名である細川や三好、一度は兵を率いて上洛(京に行くこと)を達成した大内くらいではないか。武田や上杉といった超有名な大名たちさえも、上洛を視野に入れて動き出すのは時代かかなり進んだ後の話である。
ほとんどの武将や大名たちの視野はもっと狭いものだった。彼らの行動目的の第一は、自分たちが父祖の代から受け継ぐ領地とそこに住う人々を保持し続けることだ。そのためには周辺勢力からの侵攻を防いだり、あるいはもっと有力な武将・大名に臣従してその庇護を受けたりしなければならない。
また、大名はそのようにしてたくさんの武将を従えているわけだが、「最近弱腰だな」と見られるとあっという間に逃げられてしまう可能性があるので、強さをアピールする必要がある。手っ取り早いのは戦争であり、敵対的な相手を攻めることだーー。
戦国時代の動乱とはこのようにして生まれたもので、そこに「天下を取るのだ」などという巨視的な姿勢が入る余地はない。それどころではないのである。ここに颯爽と現れて畿内という天下を取り、さらにその勢力を拡大していったのが織田信長という特別な大名であった、というわけだ。
地域は変われど
このような視点は、皆さんが独自の世界を作るときにも大いに役立つはずだ。その世界や地域が動乱を迎えていた場合、多くの勢力は「天下を取る」「世界を支配する」などとは考えないはずだ。普通は自勢力の保持に精一杯でそれどころではないからだ。
ただ、その地域を支配する巨大勢力が滅んだばかりだったり、ごく小さい地域の支配がイコール天下統一を意味していたり、織田信長のような特別な存在が出たりしたら、事情が変わるかもしれない。こんなふうに考えてみて欲しいのである。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。