『野ばら』―二人の兵士は国も年齢も超えて友情を築く

粟江都萌子のクリエイター志望者に送るやさしい文学案内

小川 未明・作『野ばら』

〈あらすじ〉
 大きな国の老兵と小さな国の青年兵が、国境の石碑を守っていた。静かな国境ですることもないため、ともに過ごすうち、二人は国や年齢を超えて親友関係になる。
 しかしあるとき、二つの国は戦争を初めてしまう。老兵は「私はこれでも少佐だから、私を殺して手柄にしなさい」と青年兵に言う。青年兵は「私の敵はあなたではない」と言い、戦線の開かれている北へ旅立ってしまう。
 戦争は大きな国が勝利し、小さな国の兵が皆殺しにされて終わる。それを知った夜、老兵は青年兵が軍隊を先導していく夢を見る。その一月後、国境にあった野ばらは枯れてしまった。老兵は暇をもらい、国境を去る。

知らない人なら殺せるのか

 小川未明・作『野ばら』。とても短い作品なので、あらすじも要らないくらいかもしれません。さくっと読んでから戻ってきていただいてもOKですよ! 今作も青空文庫で読むことができますから。
 作品が短いのでレビューもさくっと参りましょう。
 この作品の切ないところは、敵国(最初は敵じゃありませんでしたが)の兵士が、年が離れているにも関わらず親友となり、しかし戦わなければならない立場になってしまうことです。開戦してのち、若い兵が国境を去ったのは親友となった老兵と戦いたくなかったからでしょう。しかも老兵は自分を殺せという。戦うだけでなく、いざ戦いを始めれば親友を殺すことが確定事項なのです。誰だって友人を殺したくはないでしょう。
 そして若い兵は旅立つのですが、じゃあつまり、知らない兵士ならば殺せるのかという話です。
 そもそも二人は兵士です。人を殺すことも前提としてあるでしょう。それが友人とはいえ敵国の兵なのですから、立場として仕方のないことではあります。もちろん、「仕方ない」で割り切れないのが人間です。たとえば同じシチュエーションで、若い兵に代わって別の兵が老兵を殺すという展開も、さらにそれを若い兵が止めようとするという展開もできたでしょう。いやほんと、『野ばら』を元にそういうオマージュ作品作ってもいいくらいですよね。
 けれど若い兵は北の戦場に加わることを選びました。知らない兵士ならば殺せるというエゴだけでなく、兵士としての使命感もあったのでしょうか。その善悪を語るつもりはありません。とてもシンプルな文章なので、それについて作中で語られているわけではありません。ですが感情と使命感の間で揺れ動く気持ちを想像すると、とても人間味のあるドラマに思えてきます。

それは夢か、現か

 老兵は若い兵が率いる軍隊の夢を見ます。
 ファンタジックに捉えるなら、小国の兵たちの亡霊が黄泉へと旅立つのを見たのでしょう。軍を率いるということは、若い兵は生前、それなりに功績をあげて出世したのかもしれません。
 現実的に捉えるなら、それは老兵の願望が見せた夢でしょう。小さい国に若い兵ばかりではないでしょうし、辺境にたった一人立たされていた彼が軍隊を率いるというのは、少々不自然です。亡者の葬列が国境を通る理由も不明ですから。となると、生き延びて出世してほしいという老兵の願望でしょうか。それとも小国の敗北と若い兵の死を予期しており、最期に一目会いに来てほしいと願ったのでしょうか。
 答えを出すことはできません。一か月もあれば野ばらが枯れるのに十分でしょうし、けれど亡者の葬列が野ばらの命を奪ったとも取れます。あるいは野ばら自身が、葬列に追従したのでしょうか。やはりわかりません。ですがだからこそ、色々な空想ができる作品となっています。「スカッと面白い!」という作品ではありませんが、余韻がとてもぐっときます。

ぶっちゃけ同人BLのネタっぽい?

 いえ、BLに限定するわけではないのですが。でも腐女子は好きそうだなあと思ったのはきっと私だけじゃないはず。男性の友情って、なんだか女性のそれとは違ってアツイですよね。
 方向を変えてもしこれがハーレクインなら、たぶん若い兵は女性でしょうね。そして戦地へ赴くも、老兵が少佐としての権力や人脈やらなにやらを使って若い兵を救い出す……とか。  『野ばら』は奥が深い割に文章量も少なく、そのため描写も多くありません。『おじいさんのランプ』のときにも書きましたが、童話ならではですよね。リメイク作品やオマージュ作品を作る良い題材になるのではないかと思います。もちろん、自分の趣味を前面にBLとかハーレクインとか書いてくれちゃっていいんですよ!

【執筆者紹介】粟江都萌子(あわえともこ)
2018年 榎本事務所に入社。
短期大学では国文学を学び、資料の検索・考証などを得意とする。
入社以前の2016年に弊社刊行の『ライトノベルのための日本文学で学ぶ創作術』(秀和システム)の編集・執筆に協力。

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