『山椒魚』―真実は藪の中?

粟江都萌子のクリエイター志望者に送るやさしい文学案内

岡本綺堂・作『山椒魚』

〈あらすじ〉
 まだ汽車の開通しない時代、主人公は長野に旅に行く。途中で体調を崩し、適当な旅籠屋に入る。気分はよくなったが、その日はそのままそこに泊まることにした。
 明るいうちに散策しようと表へ出ると、二十歳前後の女学生を見かける。宿に戻ると山椒魚が売っており、二人組の学生がそれを購入するのを目撃する。その夜、学生たちは、なんと女学生たちの寝床に放つといういたずらをした。
 その後再び床に就こうとしたが、第二の騒動が起こる。女学生のうち二人が突然死んでしまったのだ。毒による死と思われたが、同じものを食べた残りの一人やほかの客は無事だった。昼間買い食いもしていないらしい。
 その事件を聞きつけて、東京から記者が取材にくる。真相が気になって宿に留まっていた主人公もその記者の取材を受けるが、無関係な主人公には話すことはなかった。
 主人公は記者が調べた内容を聞かされる。どうやら学生と女学生たちは東京から来ており、元々の知り合いだった。そのうち一人の学生と二人の女学生が三角関係にあった。それによって片方の女学生が毒を混入したのだろうということで事件は終わる。
 事情が事情であるだけに、親族は真相を公にしないでほしいと願う。記者は詳細な記事を書くことができないとぼやく。次の日、記者とともに宿を出た主人公は山椒魚が売っているのを見る。恐ろしい女の姿のように見えて、主人公は山椒魚の醜悪な姿を想像するにたえなかった。

引きこもりのお話ではありません。

 今回ご紹介するのは岡本綺堂・作『山椒魚』です。
 あ。今、「はて」と思った方いますよね? 『山椒魚』といえば井伏鱒二ではないかと。
 えーっと、白状しますと、私もそう思っておりました。手元に井伏鱒二・作の『山椒魚』がなかったため、青空文庫を検索。発見して「ダウンロード!(必殺技っぽく)」と読み始めたはいいのですが、覚えているものとまったく冒頭が違う。「引きこもりの話じゃなかったっけ? なんでいきなり旅行? あれ?」となったものです。それもそのはず。タイトルしか見ていませんでしたが、よく見たら作者は岡本綺堂。まったくの別人でした(気づくの遅っ!)。
 で、調べてみたら井伏鱒二氏の没年は1995年(平成5年)。そりゃ著作権切れてないし、青空文庫にあるはずがありません。こちらの『山椒魚』は井伏氏が文壇に登場したときの有名な作品だったはずなので、こちらもいつかはご紹介したいなあと思っています(予定は未定。ていうかただの希望)
 普段作家の年齢とか時代とか(作中の世界観はともかく)は気にして読まないよね! ……いやうん、クリエイター志望としては気にしてほしい気もするんですが。たまにはそんなの気にせず楽しんだっていいじゃない……?(ただの言い訳)

それでも出会いは出会いなのです

 とまあ、岡本綺堂・作『山椒魚』との出会いはまさかの人違いというお恥ずかしいものだったのですが。それでも私的に面白かったのでもうこのまま紹介しちゃえ、と思いPCに向かっております。縁って大事ですよね!
 今作の主人公は完全に語り部です。事件のあった宿に居合わせただけで、事件にも学生たちにも絡んでいないはずです。
 この作品はミステリーの部類に入るでしょうか。そして現代であれば科学捜査によってもう少し踏み込んだ事件解明ができたのかもしれませんが、あくまで状況証拠によって話が進められています。女学生たちの命を奪った毒がなにに仕込まれていたのかも、正直解明はされていません。「手品か何かを使ったのでしょう」と記者が言うだけですので、推測の域を出ないのです。作中の時代性なのか、それとも記者の適当さなのかちょっと迷います。
 ただ以前観た某法医学ドラマで「毒は解明されているものしか検出できない」というものがありました。またその毒の種類を狙って検査しないといけないため、通常の検査ではわからないところもあるとか。ドラマの知識(な上に私の頼りない記憶情報)なのでどの程度本当なのかはわかりませんが、現代だからってなんでもできるわけではないのですね。そのドラマでは、死因の毒がなんなのかを解明するところにミステリーがありました。これも「現代科学では」という話です。もっと未来にはどんな毒も感知できるようになっているかもしれませんから、ある意味これも時代性と言えるでしょう。

学生はいつだってバカをやる

 もともとの知り合いだったとはいえ、婦女の寝床に生き物放つって、正直ちょっとぞっとしました。そんなことのためにわざわざお金払うの? 山椒魚だってかわいそうだよ! と鳥肌が止まりません。
 でもなんていうか、そういうちょっと度の過ぎたバカって学生時代に割と起こるんですよね。大抵はぱーてぃーぴーぽーが……(遠い目)。学校の廊下で水かけ合ってびっちゃびちゃになっちゃうとか、体育祭とか文化祭の準備しながらペンキまみれになるとか。もうちょっと大人になって二十歳以上になったら、無茶なお酒の飲み方しちゃったり? あ、お酒は本当に命にかかわるので、良識ある読者はしないでくださいね。いやなくても持って! お酒は楽しく飲むものだから! 死んじゃったら楽しめないから!
 と、ちょっと話は逸れましたが、友達と一緒だとやっちゃうバカってありますよね。特に旅先なので気持ちが高揚していたのかもしれません。だからって生き物っていうかナマモノはやめれ……。

真相はわからない

 そうやって単にじゃれあってきゃっきゃと笑っていたであろう女学生たちに、悲劇が訪れます。恋愛のもつれの果てに(と思われる)、女学生が二人命を落とすのです。
 ぶっちゃけ、真相はわかりません。「事件はこう落ち着けた」という情報はあれど、毒もどうやって解明したのか、時代的にちょっと怪しんでしまいます。しかも主人公にその情報をもたらすのが警察ではなく記者ですので、信ぴょう性に欠けるかもしれないのです。
 恋のもつれがあったということが分かっているだけで、本当にそれが動機なのかも不明です。殺人と自殺ということで片付いたものの、事故であった可能性もなくはない。すっきり解明したい読者には、正直向かない作品かもしれません。
 主人公が直接見聞きした情報も多くないので、どうしたって推理は途中で止まってしまいます。少なくとも私には納得できる筋書きを作ることがいまだできずにいます。情報が少ないので、かえっていろんな可能性があります。
 真相がわからないというものでは、芥川龍之介の『藪の中』があります。『藪の中』は証言が少しずつ微妙に食い違っているという内容です。誰かが嘘をついている可能性だけでなく、物事の受け取り方が人によって違うことや、あるいは人間の記憶の不確かさが理由として考えられるでしょう。ですが今作『山椒魚』はそのどれも当てはまりません。誰を疑うべきなのかもわからなくなってきます。
 仮に生き残った女学生が犯人だとしたら、男子学生が犯人だとしたら、主人公が犯人だとしたら……もしくは完全に事故だったら。そんな様々なパターンで独自の筋鍵を考えてみるのもいいかもしれません。ミステリーに謎解きはつきものですから、ぜひ探偵役と解明シーンもつけてほしいものです。

【執筆者紹介】粟江都萌子(あわえともこ)
2018年 榎本事務所に入社。
短期大学では国文学を学び、資料の検索・考証などを得意とする。
入社以前の2016年に弊社刊行の『ライトノベルのための日本文学で学ぶ創作術』(秀和システム)の編集・執筆に協力。

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