『外科室』―プラトニックラブを追求した両片想い

粟江都萌子のクリエイター志望者に送るやさしい文学案内

泉鏡花・作『外科室』

〈あらすじ〉
優れた意志の高峰は貴船伯爵夫人の手術を担当する。衆人が見守る中、夫人はなぜか手術のための麻酔を頑なに拒む。麻酔のせいでうわごとを言い、自らの秘密が明るみに出るのを避けたいというのだ。麻酔なしで手術せよという夫人の言葉を聞き入れ、高峰は執刀する。目を背ける人もあったが、画家であり高峰の親友でもある「予」だけはその一部始終を見ているのだった。

師匠に背いても愛を貫いた作家

 泉鏡花は、その名前から誤解されがちですが、本名を泉鏡太郎という男性作家です。鏡花というのは師匠の尾崎紅葉(こちらも男性です)がつけたペンネーム。文豪をモチーフにした現代の作品では女性キャラクターとして描かれることもあるようです。名前負けせず、本人もなかなかの美男子でした。気になる方は画像を検索してみてください。丸めがねをかけたシュッとした和装男子がヒットする筈です。
 作家というのは本人こそ作品の主人公になれそうな、ドラマティックな人生を歩んだ人も多いように思います。泉鏡花もまたそんな人物で、彼は幼くして母を亡くしました。そして大人になった鏡花は「すず」という亡き母と同じ名前で、かつ母に似ていたという女性と恋に落ちます。しかしすずとの仲は師匠の尾崎紅葉に反対されてしまうのです。それでもすずと離れられなかった鏡花は、師匠の死後すずと正式に結婚し、長年の恋を成就させたのでした。
 途中までは、どこの光源氏ですかというような設定ですよね。しかも藤壺の宮(=母に似ていた女性)の面影を追い求めて数々の女性に手を出した源氏の君と違い、お師匠さんに反対されても一人の女性との恋を貫いた鏡花にはかなり好感が持てます。好感度上がりまくりです。(『源氏物語』についても書いている記事があるので、よろしければどうぞ!)
 とはいえ、似ているどころか名前もお母さんと同じ女性を選ぶなんて、マザコンが過ぎやしませんか、鏡花先生……。いえ、男性の母親の扱いは奥さんの扱いと同じだと誰かが言っていましたので、お母さんを大事にする人を選びたいものですけれど。とはいえ母親視されても困りますしね。
 おっと、私の恋愛観はどうでもいいか。

耽美な文章を書かせたらピカイチ

 そんな泉鏡花の作品は、幻想的な描写の美しさで知られています。そして彼は直接的な交わりではなく精神の繋がり、プラトニックラブを描いた作家と言えるでしょう。
 今回取り上げる『外科室』はまさにそんな作品です。これは外科室、つまり手術室で起こる事件とそれにまつわる過去のひとときを描いた短い作品です。文体はやや古いものの、辞書が手放せないというほどではなく、古典がやや苦手だとしても十分に読んでいただけることでしょう。
 泉鏡花作品は、写実的という言葉とはやや縁遠いものがあります。『外科室』はファンタジー要素こそないものの、手術を衆人看取の前で行うという現実味のないシーン設定がされています。「リアリティが薄い作品には没入できない」。そんなことを書いている指南本もあることでしょう。私も否定はしません。ですがそれでも感動させてしまうのが泉鏡花の小説なのです。

プラトニックラブの最高峰

 この記事のタイトルに「両片想い」という言葉を使いました。ごめんなさい。ネタバレです。ただそれを外してはこの作品は語れないのです。逆に言えば、たとえネタバレをされても読む価値のある作品でもあるということです。
 実は高峰医師と貴船伯爵夫人は9年前に出逢っていました。まだ医学生だった高峰と、そして既に人妻であった夫人。植物園でただ一度すれ違っただけの出逢いでした。その場には語り部である「予(一人称。作中で名前は明かされない)」もいました。「予」は高峰の親友でしたが、その彼ですら、高峰から伯爵夫人の名を9年間聞くこともなく、しかし高峰は頑なに独身を貫いていたと語ります。
 実は親友にも隠れて不倫関係にあったのでは? なんて考える人もいるのでしょうね。いいえ、違います。作中で夫人は、高峰が自分を覚えているとも思っていませんでした。おそらく高峰も同じだったでしょう。
 高峰は出逢いの後「品行」が「謹厳」であったというのですから、女性と交際もしなかったのでしょう。そして優秀な医師という地位ある人物になっても独身を貫いていました。妻帯することは当時ならば当然であったことなのに。きっと縁談も沢山あったことでしょうが、それでも独身でいたのです。
 言葉を交わしたわけでもなく、ただ一瞬すれ違っただけ。それだけで9年間も思い続けるなど、端から見たらちょっと変な人たちですよね。特に高峰医師、生涯独身で女遊びもなしってどんだけー! こうして言葉にすると怖いかも。ただ作品を読んだ感想として、「怖い」とは感じませんでした。あくまで個人の感想なので異論は認めますが、同意してくれる方も多いんじゃないかしら。
 二人はお互いにその恋心を秘め、この外科室での再会までなんの行動も親友へ相談すらしていない。相手は自分を知らないと信じ込んだまま、密かに思い続けるのです。心の内だけならば、誰にも咎めることはできません。見返りを求めることもなく、密かに何年も思い続ける。互いに覚えていないだろうと思っているということは、心の結びつきというものも存在しないはず。少なくとも当人たちは自覚していないでしょう。なのに何年も「両片想い」をし続けた二人には、魂の結びつきというものがあったのではないかと信じたくなるのです。嗚呼これぞプラトニックラブ。
 個人的には何年も片想いするのはしんどいのでぜひ恋人になるか忘れてさっさと次に生きたいものですが、とはいえここまで想い想われるというのもうらやましいです(アラサー独身女談)。
 物語の最後、「予」はこの二人には罪があるのだろうか、天国へ行けないのだろうかと問うています。心の内は咎められないと書きましたが、当時の価値観ではどうなのでしょう。夫人の夫である伯爵はそうは言わないでしょう。さらにこの恋心ゆえに外科室で起こった事件は、そして高峰が選んだ選択は――? ぜひ作品を読んで確かめて見てください。

【執筆者紹介】粟江都萌子(あわえともこ)
2018年 榎本事務所に入社。
短期大学では国文学を学び、資料の検索・考証などを得意とする。
入社以前の2016年に弊社刊行の『ライトノベルのための日本文学で学ぶ創作術』(秀和システム)の編集・執筆に協力。

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