『源氏物語』は子宝のお守りか!?

粟江都萌子のクリエイター志望者に送るやさしい文学案内

『源氏物語』は夫を呼び寄せるためのエサだった!?

 まずは各方面に向かって、このような不敬な言葉を使ったことへの謝罪をいたします。申し訳ございません。
 いきなり謝罪から始まってしまいましたが、とはいえ嘘を言っているつもりもないのです。千年才女(私が勝手に呼んでいるだけです)こと紫式部を紹介した際にも少し触れたのですが、『源氏物語』は中宮彰子の元へ帝を通わせる役割を果たしました。

 最初から説明いたしましょう。
 紫式部は藤原一門の出身。藤原氏といえば藤原道長が盛り立てて栄華を極めたことで有名ですが、式部はまさにその道長の要請で彼の娘・中宮彰子に仕えました。
 幼い頃から兄弟をしのぐほど優秀だった式部は、二十代で当時としては遅めの結婚・出産をしました。しかし夫に先立たれ、『源氏物語』の執筆を始めます。そして当時から大ヒット作品でした。人々は続きを今か今かと待ちわびていたことでしょう。未完の作品の続きを早く読みたいのは、現代でも平安時代でも変わらないはず。もちろん、天皇であろうとも。道長はそれを利用したのです。
 平安時代は一夫多妻。天皇は夜、気が向いた妃の部屋へ行くわけです。道長は娘を次々に天皇に嫁がせ、外戚として権力を握ったことが知られていますが、当時の帝に嫁がせた中宮彰子に子はいませんでした。権力を握るためにはなんとしても彰子に東宮(皇太子)となる男の子を生ませたい道長ですが、帝が娘のもとへ通ってくれなければそもそも叶わぬ夢。
 そこで道長は紫式部を彰子に仕えさせました。式部が娘・中宮彰子の元で『源氏物語』の続きを執筆すれば、物語読みたさに帝が通ってくる…というわけです。
その思惑がはまってか、後に彰子は天皇となる男児を出産しています。こうなると、まんまと天皇を動かした道長がすごいのか、天皇を呼び寄せることに成功した『源氏物語』、つまりはそれを書いた紫式部がすごいのか、わからなくなってきますよね。もちろん、中宮彰子という女性を無視することもできないのですけれど。

受験生が1度は触れる『源氏物語』のおはなし。

 ざっくり全体のお話をしますと、『源氏物語』は平安時代の貴族たちの恋模様や宮廷生活を描いた世界最古の長編小説と呼ばれる作品です。近世、大名家の嫁入り道具としても人気でした。
 全五十四帖。帖というのは巻と同じ意味だと思ってください。書物の形態によって数え方の単位が変わるのですが、詳細は割愛します。全部で五十四巻あると理解してくださればOKです。
 簡単に概要を説明するため、昔使っていた教科書を引っ張り出してきました。尚文出版発行の『明説日本文学史』。懐かしいです。要点がまとめられていてわかりやすいので、文学系のお仕事をするときに度々お世話になっている本なのですが、かつて現役のときはこれほど熱心に読み込まなかっ……げふんげふん。私の話はやめましょう。もし読者に現役高校生、あるいはまだ高校時代の教科書持ってるよ! という方がいらっしゃいましたら、是非開いてみてください。
 あとは参考書なんかもオススメです。受験生だった当時は拒否反応を示したものですが、大人になって勉強が強制されなくなった今は純粋に好奇心で読み込めるので「こんなに面白かったのか!」とさくさく読めちゃったりします。なにより直訳よりわかりやすい。うん、参考書もオススメです(大事なことなので2回言いました)。話がちょっとそれました。戻します。
 『明説日本文学史』によると、『源氏物語』は七十年にわたる宮廷社会が描かれ、登場人物は約490人にものぼるそうです。いわゆるモブを含めているとしても、多いですよね……。数えた学者の皆様、お疲れ様です。
 『源氏物語』はその内容から全体を3パートに分けることができるのですが、その細かいところも知らなくていいでしょう。

ポイントは

・1~2部の主人公は光源氏(天皇の皇子)
・3部の主人公は光源氏の息子(とされている)・薫
・3部にあたる最後の十帖は舞台が宇治となることから「宇治十帖」と呼ばれている

というところでしょうか。3部は薫だけでなく光源氏の孫にあたる匂宮も活躍するため、この二人が主人公としている書籍もあるかもしれません。

 まあとにかく「平安貴族の恋の物語」と覚えてもらえればOKです!(雑なまとめ)
 多くの人は光源氏のみが主人公と思っているでしょうから、「後半は薫っていう光源氏の息子(実は違う)が主人公でね」と言うと『源氏物語』がわかる人のフリができるでしょう(何を勧めているんだ)。
 そして『源氏物語』の時間軸は厳密にいえば、五十四帖で順番に並んでいるわけではありません。おおむねは古い時間から順番になっていますが、一部重なり合っている時間があります。例えばAという帖でaという女性との恋愛が描かれ、Bの帖では、Aのストーリーの裏側で進行していたbという女性との恋模様が描かれていたりするわけです。
 あっ、なんだかあなたの読書意欲が下がった音がしましたね? いえいえ、回れ右しないで、待ってください! 難しいことはありません。つまり『源氏物語』は帖ごとに一旦話が収まっている、言うなればオムニバスのような形なのです。1つの帖に登場するキャラクターの数も限られてきます。
 海外ドラマなんかは一話完結のものが多く、登場人物がわからなくてもシリーズの途中でもなんとなく観れちゃったりしますよね? そんな感じで、『源氏物語』もおおむねどこからでも読めると私は思います。一番目の「桐壺」から順番に読むことをオススメはしますが、気負わずに「じゃあこの一帖分だけ読んでみよう」からで良いのではないでしょうか。映画や漫画などのメディアミックス作品も1つではないので、その中から合うものを探してみるのも1つの手です。そもそも現代語訳だって、いろんな方のバージョンがあるので迷っちゃいます。ま、迷うのも楽しいんですけどね。

女性たちの物語

 主人公は光源氏と薫と述べたばかりですが、私は『源氏物語』を女性たちの物語だと思うのです。『源氏物語』では光源氏を初めとする貴公子と恋をする女性が数多描かれています。登場人物が多いのも先に述べたばかりですが、それでもこれほど魅力的で多彩な女性たちを数多描いた作品も他に類を見ないのではないでしょうか。一部ですがこの女性たちを紹介します。

・紫の上(若紫)
 光源氏が一番愛したと言われる女性。幼い頃に光源氏に引き取られ、素晴らしい女性に育て上げられた。子ども好きだが自身は子を産むことができず、明石の君が産んだ姫を東宮妃に育て上げた。

・葵の上
 光源氏の正妻。姉さん女房。いずれは東宮妃(皇太子妃)にと育てられたため、プライドが高く光源氏とはなかなか打ち解けられなかった。そんな中どうやったのか光源氏の子を産み心を開き始めるが、怨霊に取り殺されてしまう。

・六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)
 元東宮妃の未亡人。才色兼備。光源氏より年上で、彼に様々なことを教えた。恋仲になったあとは深すぎる愛情故に嫉妬心を募らせ、生き霊となって光源氏の恋人を次々に呪い殺してしまった。

・藤壺の宮
 光源氏の継母。亡き光源氏の生母に生き写しといわれる。光源氏の初恋の女性。しかし許されぬ恋であるため、光源氏は藤壺の、ひいては母の面影を探し求めて次々に恋人を得る。紫の上とは親戚。

・明石の君
 光源氏が須磨に流されている間に出会った女性。光源氏との間に姫を儲ける。田舎者の自分では姫の養育に相応しくないと、姫を都の紫の上に預ける。のちに紫の上と対面したときには「さすが源氏の君に愛されるお方だ」と互いに賞賛し合う。

 私の好きな女性キャラクターを抜粋させていただきました。これはほんの一部ですが、それだけでも多彩なキャラクターに心惹かれませんか?
 正直、私は光源氏が好きではありません。一夫多妻の時代とはいえ、やはり女性側の立場で見てしまうからでしょうか。ですがこれは作品そのものを否定するものではなく、むしろ賞賛するものであることを明言しておきます。数多の女性たちの生き様は、現代の私たちが読んでも感じ入るところは大いにあります。「好きではない」と言い切った光源氏についても、キャラクターとして生き生きと描かれているからこその感想ですから、やはり「すばらしい」と評価せずにいられません。
 もしこの記事を読んであなたが興味を持ってくださるなら、ほんの一巻でもいいんです。私とこの感動を共有していただきたく思います。

時をかける日記と物語

 『紫式部日記』の1008年の記事に、記録上初めて『源氏物語』が登場します。少なくとも1008年当時には『源氏物語』は存在していたわけです。これを始まりとして、2008年は源氏物語千年紀、つまり1000年のミレニアムイヤーでした。ていうか、あれももはや十年以上前ということに私は衝撃を受けています……。 そして小説だけじゃなく日記も千年の時を超えて読まれているなんて、千年才女こと紫式部はどこまで予想できたでしょうね。私だったら死ぬときに一緒に焼いてくれ! むしろ死ぬ前に自分で焼く! って思っちゃいますが、千年才女はどうでしょう。あの世で赤面しているのか、あるいは「素晴らしいんだから当然でしょ」って鼻高々なのか……。まあ、当時の日記は記録の意味合いが強いので、現代の私たちとはまた感覚も違うでしょうか。

【執筆者紹介】粟江都萌子(あわえともこ)
2018年 榎本事務所に入社。
短期大学では国文学を学び、資料の検索・考証などを得意とする。
入社以前の2016年に弊社刊行の『ライトノベルのための日本文学で学ぶ創作術』(秀和システム)の編集・執筆に協力。

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