「いま」奴隷は許されない存在だけれど
皆さんは「奴隷」という言葉にどんな印象を持たれ、どのような存在をイメージされるだろうか。多くの人が思い浮かべるのは、アメリカにおける黒人奴隷だろう。アフリカからアメリカ大陸へ連れてこられた彼らは砂糖や木綿の生産などで過酷な労働を強制され、しばしば権利を剥奪され「ひと」ではなく「もの」として扱われてきた。やがて奴隷解放がなされたものの、現代でもなお黒人差別は根強いとされる。
他にも世界各地の歴史において奴隷(東洋では「奴婢」と呼ぶことが多い)は確認され、これらは「いま」の価値観では全く許されない、悪質な振る舞いである。たとえばファンタジーものを作るとき、奴隷制度に怒りを覚える主人公を登場させるのは、現代の価値観で生きる読者に共感・応援してもらうための定番の手法であろう。
しかし、少なくとも「むかし」の視点において、奴隷があらゆる権利を剥奪された存在であったか、また奴隷を支配から解放すればそれで問題が解決するか、というのは別の話である。歴史上における奴隷のあり方はさまざまだが、その中から創作の役に立ちそうな知識をいくつか紹介する。
奴隷の事情あれこれ
人はどのような事情で奴隷になるか。戦争などの混乱時に捕獲されるケース、奴隷の子として生まれるケース、そして借金のカタ(それは自分の借金かもしれないし、親の借金かもしれない)で売られるケースなどがある。
戦争で捕らえられるケースでは、「もともとは殺すつもりだった捕虜を、農業などで働かせることで役に立つから殺さず生かして奴隷にした」というのが原点であるようで、つまり生かして貰えるだけマシという見方がここに成立しうる。
奴隷としてのあり方もいろいろで、本当に「もの」扱いで家族も持てないケースもあれば、家族や私有財産が結構もてるケースもあり、奴隷というよりは「農奴」とか「隷属農民」というべき、権利が一部制限されただけ(「だけ」というには過酷な生活のケースもあるようだが……)というのもよく見られる。また、奴隷と言っても命がけの過酷な労働をさせられるばかりではない。主人の家の中での仕事を命じられるケースなどでは比較的温厚な扱いをされ、ある種家族同然になったり、のちのち側近になったりするケースなどもあったようだ。時代と地域によるが奴隷を解放する制度もあり、たとえば年季があけたり、借金を返したり、主人の遺言によって解放されたりする(その結果自由民や一般市民になれるかどうかはまた違うが)。
「後継の若者と奴隷上がりの幼なじみ」というのは、強い主従関係を結ぶにしても、やがて対立するにしても、物語において定番の関係性と言えよう。
また、この辺りを描写するには「その世界(地域)の人が奴隷をどう捉えているか」も重要になってくる。そのサンプルとして、古代ギリシャの偉大な哲学者アリストテレスの価値観を紹介しよう。曰く、「精神が肉体を統治するように、主人が奴隷を統治するのは当然であり、自由人と奴隷とは本来肉体的にも異なっているので、奴隷制は正義にかなっている」という。私たちにはなかなか飲み込めない理屈だが、「むかし」こういうふうに考えた人がいて、これは別に当時としては普通の考え方だった、というのは知っておいた方が良い。もちろん、時代と地域により考え方は変わってくる。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。