第1回「怪我をしてしまったら?」

ファンタジーを書くために過去の暮らしを知ろう!

小さな傷が命取り!

何かしらの外傷を負った場合、「いま」ならどうするのかよいのだろうか。これは「トラブル」連載でもある程度紹介したが、適切な処置をして安静にする、ということになる。特に傷口を清潔にすることが重視され、これを徹底することで小さな傷が命取りになるようなことはまずなくなる。
逆に言えば、現代医学が普及するまでは、小さな傷が命取りになることがあった、ということだ。有名なのが破傷風で、これは破傷風菌が傷口から入ることで感染する。全身の筋肉がけいれんし、最悪の場合は呼吸できなくなって死に至る。予防接種の効果もあって患者は非常に少ないが、戦後すぐの時代などは大いに猛威を奮った病気だ。
破傷風でなくとも、傷口から細菌が入れば化膿、つまり膿が出て腫れ、熱を持ち、傷んで、治りが悪くなる。
現代医学発達以前も、このような傷口の問題が見逃されていたわけではない。たとえば先述の破傷風などは「傷口から風邪に感染する」と見られていたのである。また、アルコールによる消毒という概念は13世紀後半、つまり中世の間には生まれており、当時はワインが使われていた。
ちなみに中世ヨーロッパの外科医は他にも「傷口を卵白で覆って清潔にする」「焼きゴテで傷口を焼くことで出血をおさえる」などの治療法をもっていた。また、外科手術をやっていた人々の中には少なからず床屋、現代で言うところの理容師が入っていたりする。
また、戦国時代日本には金創医といって金創、つまり武器による外傷専門の医者がいた。この医者は刺さった武器を抜き、傷口を洗い、血止めをし、傷を縫い、そして治りが早くなるように薬を与えたという。

清潔の概念が違った

ただ、やはり限界はあったろう。傷口の洗浄といえば第一には水だが、清潔な水が常に手に入ったとはとても思えない。包帯で傷口を保護するにしても、その清潔さにも疑問が残る。
なによりも「清潔」の概念が違ったのである。中世ヨーロッパの場合、人々は現代の私たちがイメージするよりもかなりのきれい好きだったが、それは見栄えを整えるためという部分が大きかった。結果、「行水は頻繁にするが、服は替えがないので洗いようがなく、ノミやシラミがびっしり」などということになってしまう。
また、トイレの汚物やゴミ(都市のケース)などをかなり雑に扱ってそのへんに放り出すなどしたともいい、このような不潔さは細菌の繁殖につながって、人々をちょっとした傷から重大な病気へ追い込んだであろう。
現代日本は極端な清潔社会であるといい、その結果として私たちの生得的な抵抗力が落ちていると指摘されることもあるが、それでも「ちょっとの傷で延々寝込む/命取りになるよりはマシ」であるはずだ。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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