以前読んでとても興味深く、学校の授業でも紹介してきた『ヅカメン!お父ちゃんたちの宝塚』が文庫になりました。
書き下ろしが1話入っているということで、早速購入。
3月発売の本だったのですが、4月中旬に買ったものは既に2刷。さらにその1週間後に3刷が決まったことを知りました。この出版不況の中素晴らしいことだと思います。
宝塚歌劇を題材にした作品はたくさんあり、最近の小説だと中山可穂さんの『男役』『娘役』『銀橋』の三部作、マンガだと斉木久美子さん『かげきしょうじょ!!』がオススメなのですが、授業では本作を紹介してきました。
それはなぜかというと、本作を読むことで宝塚歌劇とお仕事小説の2つがわかるからです。
本作は宝塚歌劇団を題材にしたお仕事もの、業界ものです。
宝塚の裏方や関係者(父兄など)を主人公にした5作品の短編連作に、彼らのその後を描く最終作を加えたものになります。
今回、文庫版にあたって本編で印象的なキャラクターを主人公にした話が加えられ、
・宝塚歌劇団の生徒さん(現役の劇団員のことを生徒と呼びます)の日常のお世話をする立場の人
・宝塚歌劇団の養成所である音楽学校の受験を目指す悲喜こもごも
・音楽学校の様子
・宝塚歌劇団の裏方である道具や衣装を作る人々
・宝塚歌劇団を支えるプロデューサーや演出家
などの視点から物語が展開されて、宝塚歌劇という105年続いたエンターティメント集団の事がよくわかるとともに、そこに携わる人々の気持ちもよくわかります。
本作を読んで宝塚に興味を持ってもらえたり、お仕事もの・業界ものというジャンルを知ってもらえたら嬉しいなと思います。
興味をもって……とは言っても、宝塚歌劇団を実際に観劇するとなるとなかなかハードルが高いものになるかもしれません。
女性が見に行くものというイメージが強く、観られる機会も決して多くなく(地方でもたまに公演はあるのですが)、チケットも安くはないからです(演劇というのは基本的にそういうものですが)。
それでも一度は見る価値はあるかと私は考えています。
それは体験を増やす、見聞を広めるというだけでなく、「トップスター(トップ娘役)をいかに魅力的に見せるか」という宝塚の演出と作劇が、エンタメを書く人にとっては大いに参考になると思うからです。
今はオンデマンドでも見れるのでチャンスがあったらぜひ!
一方、お仕事もの、業界ものとしてはどうでしょうか。
独特な雰囲気や魅力を持つ業界や地域を舞台に物語が作れれば、それだけで他作品と比べた時に大きなアドバンテージ、売りになります。
もし、皆さんが何かちょっと特別だったり他人が興味を持つような仕事で働いたり、家族がその業界の人間だったり、他と大きく違った地域に住んでいたりしたら、
「何が面白いのかな?」
「他人はどういうところに興味を持つかな?」
「ここを舞台にお話は作れないかな?」
と考えてみてください。
ここがちょっと面白いところなのですが、その業界にどっぷりつかっていると、他人から見て面白いところが本人的には「ごく当たり前の面白くもないこと」になってしまっていることが多いです。
結果、読者が興味を持ちにくいようなマニアックなウンチクの羅列になってしまうこともしばしばあるようです。
魅力的なお仕事もの、業界ものを書くためにはそのようなウンチク以上に、読者が面白がれる要素をどれだけ物語に組み込めるかが大事です。
だから詳しい人は上に書いたような点に気を付けてほしいですし、逆にいえばそこまで詳しくない人でも、職業や業界、地域を面白く思ったり興味を持ったらお仕事ものや業界ものが書けないか考えてみてほしいのです。
もちろん、詳しい人と同じように競うためには入念な情報収集や取材が必要になりますが、それさえクリアすれば十分な売りを獲得することができるのです。
お仕事もの・業界もののポイントは、「その仕事や業界の魅力やツボになるポイントを、物語の中で自然な形でアピールすることができるか?」です。
今回の作品の場合、業界は「演劇(宝塚歌劇団)」ですが、シンプルに演者・花形を描くのではなく、裏方にアプローチしているわけです。裏方を描くことによって見えてくるものはなんでしょうか?
そのような作品としての構造を確認しながら読んでほしいと思います。
最後に、本作は作者が教育畑出身ということもあるのか、全体的にとてもあたたかい筆致で書かれていながら緩急もしっかりあって感動する上に読み応えもあります。機会があったらぜひ読んでみてください。
榎本秋
榎本 秋(えのもと あき)
活字中毒の歴史好き。歴史小説とファンタジーとSFとライトノベルにどっぷりつかった青春時代を過ごし、書店員、出版社編集者を経て2007年に榎本事務所を設立。ライトノベル、時代小説、キャラ文芸のレーベル創刊に複数関わるとともに、エンタメジャンル全体や児童文学も含めて多数の新人賞の下読みや賞の運営に関わる。それらの経験をもとに、小説、ライトノベル、物語発想についてのノウハウ本を多数出版する。