第1回「物語に学校を出すにあたって、使えるポイント(前)」

榎本海月の連載

学生生活は期限付き

前回紹介したとおり、ライトノベルを始めとする若者向けエンターテインメントでは学校(学園)は欠かせない舞台・要素である。
しかし、欠かせないから、便利だから、でとりあえず学校を舞台にするのではもったいない。せっかく登場させるなら、「学校ならでは」の要素を物語の中に取り込みたいのが人情ではないか。
まず、「学生にとって学校は非常に大きな存在だけれど、学生でいられる期間はたいてい限度がある」というものがある。小学校なら六年、中高は三年ずつ、大学は四年(短大は二年、医大なら六年)。その他の特殊な学校もだいたい一年から三年程度の期限を区切っており、普通はその期間内に技術や知識を習得して卒業する、ということになる。
進級・卒業に必要な単位を得られなかったなどの理由で留年することもあるが、それでさえ限度があることがほとんどだ。大学なら八年というのが最大限度として知られている。

学校は人生のすべてなのか?

多くの学生にとって、「学校」という場所はしばしば「生活のすべて」になりがちだ。朝から夕方まで学校にいるのだし、友人を始めとする人間関係も大体は学校を中心に作ることになるのだから当然だ。
それどころか、場合によっては「人生のすべて」という勘違いさえ持ちがちである。これは若さから生まれる完全な錯覚だ。彼らの人生は学校を出た後も続く。学校に生徒としていられるのは人生の中でごくごく短い期間に過ぎず、卒業後の人生のほうが遥かに長いし、そこで出会って築き上げる人間関係のほうが遥かに多い。とはいえ、そんな錯覚を持ってしまうのも無理もない話ではある。
それだけ、学生にとっての学校という空間・人間関係は濃密にすぎるし、だからこそ青春ものの物語は普遍的な人気を誇るのだ、という言い方をすることもできるだろう。
ともあれ、このような「主観的には永遠かつ絶対だが、客観的には一瞬」というテーマは、学園もの・青春ものでは絶対に有効活用したいものだ。学生時代には永遠だと思っていた友情がもろくも崩れたり、学校の中で逃げようがないと思っていたいじめから意外と簡単に逃れられたり、学校の中でしか活躍できないと思っていたら卒業後もなんとかなったり。
学生時代だからこそ味わえる濃厚な経験と、実はそれが近視眼的なものに過ぎないという視点の使い分けを、うまいことやってほしいものである。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース(https://www.ndanma.ac.jp/nma/course/novel/)】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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